ジャスパーは算数が苦手。学ぶ本人は悶え苦しみ、教えるママも嘆き悲しむくらい、算数が苦手。
私はジャスパーに算数を教えることをよく「波打ち際で砂のお城を作るよう」と表現する。まあ要するに、じれったい。ああ、もう、どうして、キーッ!となるのを押さえるために、ピースフルな砂浜の映像を脳内再生する。ああッ、もうッ、どうしてッ、ざざーん。気を取り直して、ハイ、もう一度。
家庭での学習サポートは、ジャスパーが不登校になる前、入学直後から始まった。授業がわからない。宿題ができない。付きっきりで宿題と格闘した。3時間以上かかることも珍しくなかった。
教えて教えて、やっとわかって、とうとうできるようになっても、しばらくすると、ジャスパーの理解は波にさらわれていってしまう。本人は真面目に、必死で頑張っているのだ。泣きながら机に向かうジャスパーをなだめたり励ましたりしながら、私はこっそり途方に暮れた。
今年6年生のジャスパーと一緒に、算数の学習を五里も十里も霧中になって、千里の道をしょっちゅう引き返しては一歩から歩き直しているうちに、わかってきたことがある。ジャスパーに問題があることは、早い段階からわかっていた。でも、「算数」にも、いや、「教える順番」にも、問題があるのではないだろうか。
ジャスパーが使っている算数の教科書の段取りはこんな感じ。①問題提起。②解き方についていくつかの考え方バリエーションを並列で紹介。③それぞれについてみんなで考える。④解き方教授。その後、⑤自分で問題に挑戦。
この段取りは「考える力を身につける」という目的にかなっているように思えるが、よく考えてみると「すっかりわかっている大人」向けな気がしてならない。わかっている大人なら、落ち着いて、長い長い説明を受け入れることもできるだろう。バリエーション紹介を楽しむことさえできるだろう。しかし、相手は予備知識を持たない子どもだ。
「まっさらな子ども」になったつもりで見てみよう。①問題提起←全然わからない。②解き方紹介←ほとんどわからない。③みんなで考える←まだまだわからない。④解き方教授←やっとわかってくる。⑤問題に挑戦←ついにわかる!
授業では五段階の段取りうち、最初の実に三段階までが、延々とわからないままで進んでいくのだ。つかみはオッケー!(古いか)の逆。子どもたちは、わからない話に退屈しないだろうか。わからない自分に不安を感じないだろうか。
自閉症児のジャスパーは、簡単に退屈するし不安になる。脱線しやすいし混乱してワケワカランになる。授業の第四段階、メインイベントの解法教授まで、たどり着くことができないのだ。そりゃあ授業が苦痛な訳だ。
自閉症の人はその特性から、日本語より英語の方が文法的に分かりやすく感じると言われる。私自身、「何が」の主語がどんなものかわからないまま色々な説明を受け、最後にやっと「どうだ」と述語を明かされる日本語より、「何が」「どうだ」と知らされてから、追加で説明される英語の方が、安心で、迷子になることなく、受け入れやすい気がする(もっと早く気付きたかった)。
さて、教科書の算数の教え方は、とても日本語的だ。問題から答えまでの距離が長い。ジャスパーの話では、学校には「塾でやったから、知ってまーす、できまーす」な子が、少なからずいるそうだ。段取りの②、③段階、解法バリエーション考察に参加できるのは、そんな子たちと、日本語的教授法に適応できる、一握りのいわゆる「地頭の良い」子たちなのではないだろうか。
日本語文法が苦手にできているジャスパーに、日本語的な教え方はキツイ。ここまで考えると、教科書に別れを告げることにためらいはなくなった。解法バリエーションでジャスパーを混乱させ、私を悩ませてくれた、あいさんに、たくみさんに、その他大勢のキャラクターの皆さんに、サヨナラ。
ジャスパーの脳の作りに合った教え方を探せ!そう、それこそが、自身も当事者であるママの使命。自分が枠にはまるのは、ムリ。それを知っているから、ジャスパーを枠にはめるのも、ナシ。
思い立ったら即実行した。主語(問題提起)の直後にすぐ述語(解法教授)。問題に取り組み、繰り返し、既知という名の安心感を作った上で、ゆとりがあれば、解法バリエーション考察。ヘリクツやコジツケ、混乱のもとになりそうな文章題は、ばっさり無視。
ビンゴ。話が早い。教える側も学ぶ側も面白い。ジャスパーの食い付きが良くなった。失っていた自信も取り戻しつつある。ジャスパーの口から「ママ、算数って面白いね!」という言葉さえ飛び出すようになった。
とはいえ、ジャスパーとの算数が難業苦行なのは変わらずだ。ぐるぐる、ぐるぐるの回り道。時々、二人で協力して乗り越える段差。
同じような景色を何度も見てきているけれど、それでもそれが、緩やかな螺旋階段になっていることに、最近気付いた。
だんだん、風通しが良くなってきた。だんだん、見晴らしが良くなってきた。