Sweetbeansoup について

「ねえねえ、ママ。sweet bean soup ってなあに?」「お汁粉のこと。美味しそうでしょ~。お汁粉、知る子、ウフフ」「ダジャレだね、ママ」「寝る子は育つ。知る子も育つ。ウフフフフ」「もう寝ようよ、ママ」「ハイ、育ちましょう~」

2016年8月8日月曜日

ジャスパーと夏休み、と、私。

ジャスパーと夏休み。二人の息はピッタリ!というほどでもなく、ほぼ平常心だ。

ジャスパーは学校には通っていないので、学校がお休みでも生活にさして変わりはないのだけれど、ママは密かにジャスパーの単独お出かけ、お友だちとのプールや外遊びを楽しみにしていた。

学校がある日の就学時間帯は「あらっ、学校は?」「おう、サボりか!」という優しい大人の温かな声かけが、申し訳なくも怖いので、一人ではお散歩にもお使いにも出せない。いつでも保護者同伴だ。

加えて住環境。マンションとは名ばかりの昭和築の小さな賃貸住宅住まい。ジャスパーの個室は用意してはあるもののベッドがまだ買えず、居間のローテーブル(要するにコタツ)を移動して布団を並べて寝ているので、24時間、ほぼべったりの二人暮らしだ。

私は「一人の時間」に慢性的に飢えている。夏休みを指折り数えていたのは、私の方だった。

夏休み中もいつも通りの学習をさせたいのは山々だったけれど、学校の夏休みドリルをわざわざ買った。知っている子に出会った時に、「ジャスパー、宿題ないんだろ?いいなあ!」から発生するかもしれない、イジメ封じのお札効果を期待しての小細工だ。

準備は万端、やりたいことリストまで作って、私は夏休みの到来を待ち構えていた。


けれど。

フタを開けてみれば、生活はあんまり変わらなかった。仲良しのお友だちは、いつもの習い事に加え、キャンプに旅行に、とても忙しくてほとんど会えない。会えても気温が高過ぎて、外遊びができない。

我が家はベッドも買えないギリギリ生活なので、旅行の予定は当然ナシ。夏休みらしいことをなかなかしてやれない。ごめん、ジャスパー。


先日、ようやく夏のイベント、「お友だちと花火大会!」に漕ぎ着けたけれど、夜の外出なので、私が同伴した。ああ、私の「一人の時間」はどこ。

三人できゃあきゃあ言いながら砂浜に敷物を広げ、場所を確保して、私は子どもたちに言った。「暗くなる前に、屋台に行って、美味しいものを探しておいで」。軽く手を振り、仲良く連れ立って歩いて行く二人の背中を見送った。

すると突然、ぽっかり、「一人の時間」ができた。砂浜、潮風、黄昏、三日月。最高の条件。

私は正座をほどき、膝を抱えて座り直した。波の音。遠いざわめき。あ、ジャスパーが大人になって巣立ったら、その先、ずーっと、一人の時間なんだ。突然、当たり前なのに忘れていたことに思い当たった。

「ちゃんと育てて、しっかり手放す」、ジャスパーが生まれたときから心に決めていたこと。ジャスパーはもう12歳だ。来年は中学生。二人の時間は、あまり残されていない。

少年二人が戻ってくるまでの時間は、20分足らずだったと思う。

でも、とりあえず、私は「一人の時間」を満喫して、満足した。どんどん減っていく「二人の時間」に気づくこともできた。やっぱり必要、「一人の時間」。すごく大切、「二人の時間」。


キラキラの花火に顔を輝かせる少年二人の横顔を見ながら思った。「ああ、子育て、満喫した~!満足した~!」と言えるおばあちゃんに、なりたい。うん、なろう。



あ、「面白かった~!」も言いたい。

ぜひ、言いたい。