ジャスパーの学習サポートを始めて6年目。ジャスパーに教えてきてわかったことは、国語(第一言語)の習得、習熟が、何よりも大切だということ。
ジャスパーに教えていると、ボキャブラリーの大切さをひしひしと感じる。理科と社会は、突き詰めてしまえば、ボキャブラリー増強科目だ。そして算数さえも、鍵となるのはボキャブラリーだった。
ジャスパーとの算数は、入学直後から、いつも悩みの種だった。算数障害を疑ったりもした(実際そうかもしれない)。それが、ジャスパーの年齢が上がるにつれて、だんだん教えやすくなってきたのだ。
算数の特訓をしたわけではない。ジャスパーのボキャブラリー増加に伴って、理解力、洞察力、推理力も一緒に育ってきたのだ。
教える私も、ジャスパーのボキャブラリー増加で、説明する時に使えることばが増えて、どんどん楽になってきている。
ことばが理解を助ける。思考を導く。ジャスパーに足りなかったのは、算数力ではなくて国語力。生活の中で稼ぐ経験値、ボキャブラリーだったのだ。
小学校の算数は、学び手にことばが足りない状態で理解させようとするから、コトが必要以上にややこしくなっているのではないだろうか。
長方形の面積の計算を「底辺」という言葉がまだ理解できない段階の子どもに、「底辺」を「よこ」、高さを「たて」と呼び変えて、「たて×よこ」として教え込むから、面倒なことになるのだ。
「底辺」がことばとして子どもに通じるようになってから、三角も四角も台形も、ボトムは一律「底辺」で教える方が合理的だ。
三角形の面積「底辺×高さ÷2」も、よくわからないまま丸暗記させるより、「長方形を半分に切れば、そりゃあ三角形になるでしょう」と子どもが体験的に自然にわかるようになってから教えれば、教え手、学び手、双方とも快適になるだろう。
平行四辺形が長方形を水平に潰したものであることも、子どもがある程度育ってくれば「見抜ける」し、平行四辺形とひし形が仲間であることも、教えるまでもなく「わかる」。
垂直、平行、円周、直径、半径、などの単語が生活の中でボキャブラリーに追加されてから、「向かい合う二つの辺」などとということばが何を意味するものであるか、無理なく理解できるようになってから、図形の問題に取り組めばいい、と今の私は思う。
図形の問題だけでなく、小数も分数も、ややこしい単位も、工作や買い物、料理などを通じて、算数用語がジャスパーの生活ボキャブラリーに追加されてから、教えてやれば良かった。
あああ、今頃気付いた。ジャスパー、ごめん。
もっと本を読もう。ことばを覚えよう。生活経験値を上げて、ボキャブラリーを増やそう。
算数は、ゆっくり丁寧にやろう。今わからなくても、次に挑戦する時には、きっとわかるようになっているはず。今は種を蒔いておこう。一緒に育てよう。大丈夫、大丈夫。
青いトマトを収穫するから、手間暇かけて料理しなければ食べられないのだ。真っ赤に熟れるまでちゃんと待てば、そのまま美味しく丸かじりできる。