学校に合わないジャスパー。小・中・高と学校に合わなかった私。
私が小学生だったのは、はるか40年も前のことなのに、学校はあまり変わっていない。コドモがオバサンになるほどに、時が経っているのに。汚れてしまった川にカワセミが戻って来るほどに、行政も企業も人の意識も変わっているのに。これはどうしたことだろう。
考えてみれば、ああ、そうだ!
先生になる人は、子ども時代、学校に合って、学校が楽しかった人たちだろう。学校っていいな、友達っていいな、先生好きだな、先生みたいになりたいな、私も先生になろう!というのが自然な流れだろう。学校に不満を抱え、疑問を持ちながら卒業し、学校に革命を起こすべく教師として着任!という人は、おそらく皆無だろう。
「学校遺伝子」とでも言えるようなものが存在しているかのようだ。「学校」が子どもを、教師を選び、その体質を維持しようとする。だから「学校」は変わらない。変えたい人は、中にはいない。良くしよう、と思うことはあっても、変えないことが、大前提だろう。「学校」に変わってくださいと言うのは、無理、無駄、ともすれば、学校遺伝子継承者の心を傷つけかねない。
このことに気付いてから、漠然とした「ホームスクールで行こうかな…」は、明快な「ホームスクールで行きましょう!」に変わった。
Win -Win の関係でいたい相手なら、合わないなりに大切にしたい相手なら、距離を置くことがベストだろう。
「学校」と良い距離を保たせてくれているジャスパーの学校の先生たちに感謝している。
距離を理解してくれる先生が増えるといいな、と思う。