アスペルガーの私は、とても疲れやすい。1日出かけると1日寝込むのが通常なのに、この頃は、学校、病院、他、各機関での面談が毎日のように続いていた。
やっと家に帰っても、面談時に話がしやすいようにと書き物、調べものもした。どんどん疲れて夜、眠れなくなった。ジャスパーの寝言、歯ぎしり、夜驚も続いていた。
そんなある日のこと、台所の隅に座り込んで動けなくなっているところをジャスパーに見つかってしまった。シンク前、ゴミ箱横、とても居心地が良いとは言えない場所。
飛んできたジャスパーが尋ねた。「ママ、大丈夫?ママ、困ってる?…ボク、"困った子"?」。じっとうつむいている私の顔の下に潜るようにして、無理やり覗き込んでくるジャスパー。
「ううん、キミは"困った子"じゃないよ」。うめくように私は言った。「キミは今、"困っている子"なの。だから、ママはキミを助けたいの」「そうなのか~」「そうなのよ~」「ママ、ありがとう」「うん」。
二人ではぐはぐして、二人でちょっと泣いた。
ジャスパーは心配している。私を、そして自分自身を。自分が"困った子"だったらどうしよう、"悪い子"だったらどうしよう。私も抱いていた覚えがある、子どもの頃の心配ごと。
「…重い」。しばらくして我に返った私は、すっかり全身脱力してもたれかかっているジャスパーをひっぺがしながら、言った。「ねえ、ジャスパー」「ン?」
「"困った大人"っているでしょう?」「ウン?」「そういう人って、わがままだったり、乱暴だったり、甘えん坊だったり、まあ、"子どもっぽい"よね」「ウン」ジャスパーが居住まいを正した。
「大人が、"子どもっぽい"と、困るんだね」「ウン」「でも、子どもが、"子どもっぽい"のは自然なんだよ」「?」「だって、ネコはネコっぽいし、イヌはイヌっぽいでしょ」「あ、そっか」「だから、いいの」「そうなのか~」「そうなのよ~」
なんだか元気になってきた。そうだ、いいんだ。大丈夫。私は続けた。
「子どもは、大人になるまでに、"困った"を減らす、"いい方法"を見つける練習をするの。で、その練習が足りないまま、"子どもっぽい"ままで大人になっちゃった人が~~、」「"困った大人"!」「ご名答」
ジャスパーを安心させるつもりで話を始めて、自分も安心してしまった。
そうだ。困った減らしの練習中なのが、子ども。
今回の"困った"も、見方を変えれば、練習用の教材だ。
大人のママは、これまでの練習と経験を生かして、ウィンウィンの"いい方法"をひねり出しちゃおうじゃありませんか。
うん、よーし、俄然、元気出た。私はジャスパーの手を取って、立ち上がろうとした。
「…あー、ジャスパー、ゴメン。ママ、足しびれちゃった」
ジャスパーはママの手を取って、立ち上がった。